「中谷有逸記念会」について

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記念会について

中谷有逸という画家

中谷 有逸(なかや・ゆういつ/Nakaya Yuitsu, 1936–2025)は、札幌に生まれ、生涯の後半を北海道・十勝(とかち)の帯広で過ごした版画家・美術家です。
1950年代半ばから全道展や道展で頭角を現し、1960年代には「鳥の碑」などのシリーズに代表されるように、古代の土器や埴輪、銅鐸などの造形に深く魅了されながら、「いのちの痕跡」をテーマにした作品を描き始めました。

1965年には、合板の上に紙や樹脂を貼り重ねて凹凸をつくり、そのくぼみに黒インクを残したまま別の色を重ねて強い圧力で刷るという独自の技法「凹凸併用版(おうとつ へいようばん)」を編み出します。版の凹部と凸部が同時に紙へ転写されることで、深い奥行きと複雑なマチエール(画面の質感)が生まれ、この技法を用いた版画作品の多くに「碑(いしぶみ)」の題が与えられるようになりました。

中谷が作品に冠した「碑(いしぶみ)」という言葉は、単なる記念碑や墓碑を指すものではありません。批評家は、中谷の「碑」を「生と死、喜びと苦しみ、人間の営みすべてが包み込まれ、統合されたもの」であり、作家の「人生そのものと等価であるもの」と語っています。
1970年代後半の個展リーフレットには「碑は私の道祖神」という中谷自身の言葉も記されており、作品が「自らの歩みを示す道しるべ」であるという自覚がうかがえます。

1972年、帯広柏葉高等学校に赴任して十勝へ移り住むと、広大な平野と厳しい自然、そして開拓の歴史を持つ土地柄が作風に大きな変化をもたらしました。版画制作と並行して、「帯広百景」「十勝百景」と題したスケッチや油彩を通して、街並みや農村の風景を写実的に描き続け、変わりゆく地域の姿を記録することもライフワークとしました。

1995年には、自ら開館誘致に尽力した北海道立帯広美術館で、凹凸併用版とコラージュによる代表作を集めた回顧展「見えざる碑像《イメージ》中谷有逸展」が開催されます。この際には、約170人の市民とともに十勝の四季をテーマにした大作4点を共同制作するなど、地域に根ざした活動を重ねていきました。

1999年、長年続けてきた凹凸併用版の制作に区切りをつけざるを得ない大病を経験しますが、そのことが新たな技法の確立と作品世界の深化へとつながります。プレス機を用いる版画から、型紙を使って絵具や自製インクを直接画面に定着させる「ステンシル(合羽版〈かっぱばん〉)」技法へと転換し、木炭粉や石粉、鉄粉、天然色料、樹脂などを混ぜ合わせたインクで、左官仕事にも似た厚みのある画面をつくり出しました。

2000年代以降には、旧ユーゴスラビア紛争に取材した「碑・コソボ」、戦争の悲惨さと人間の愚かさを静かに問う「碑・ノアの末裔」、十勝の自然とそこに生きる人びとの営みを重ね合わせた「大地の神」シリーズなど、現代社会の暴力や宗教・民族対立に鋭く向き合う作品も数多く制作されます。

そして2006年から始まる「碑・古事記(こじき)」シリーズは、日本最古の歴史書『古事記』に記された神々と人間の物語を、現代の人間ドラマとして読み替え、抽象的な形態と重厚なマチエールで描き出した連作です。激しい愛憎や裏切り、死別などの物語から、中谷は「それが決して古くはなく、現代にも通じる人間の業(ごう)と悲劇である」ことに気づき、「できるだけ現代的に表現したい」と語っています。
炭粉や石粉、鉄粉を混ぜた自製インクのざらついた肌合いと、深い赤や黒の色調は、まるで発掘された古代の壁画のようでありながら、同時に、私たち自身の生きている「いま」を強く照らし出しています。

中谷は、自らの造形について「求める精神的な内容には、むかしもいまも変わるところがない」と述べています。
古代への憧憬から出発し、人間の生と死、喜びと悲しみ、暴力と救済、土地と記憶――そうしたものを、半世紀以上にわたって一貫して「碑」というかたちに刻み込んだ作家でした。

発足にあたって

2025年10月17日、中谷有逸は89歳でその生涯を閉じました。
十勝の自然と、世界各地への旅で出会った風景や人々、そして日々の暮らしのなかで受け取った感動は、数え切れない版画やステンシル作品、油彩、素描としてアトリエに残されています。

同時に、中学校・高校の美術教師として、また地域の美術団体の中心的存在として、多くの若者や市民に「つくる喜び」「見ることの面白さ」を伝え続けてきました。教え子や仲間たちにとって、中谷は「美術を通じて生きることを学ぶ場」をつくり出した存在でもあります。

「中谷有逸記念会」は、こうした作家の歩みと作品を散逸させることなく、静かに、しかし確かに未来へと手渡していくために、遺族および有志により2025年11月に帯広で発足しました。
十勝の風土に根ざしながら世界を見つめた一人の美術家の軌跡を、作品とともに共有し、次の世代へ受け継いでゆくことを願っています。

中谷有逸記念会
会長 柳 比奈子

活動目的

  • 作品の保存・管理
    • 版画、ステンシル作品、油彩、素描、コラージュ作品、ならびに版木・原版、スケッチ類、関連資料を整理し、適切な環境で保存・管理します。
    • 作品・資料の状態調査や修復の検討を行い、長期的に作品を残していく体制を整えます。
  • 展覧会の企画・協力
    • 美術館やギャラリーでの展覧会開催に協力し、作品貸出や情報提供を行います。
    • 帯広・十勝地域をはじめ、北海道内外での展示機会を広げ、多くの方に作品をご覧いただく場をつくります。
  • アーカイブの構築
    • 公式ウェブサイト等を通じて、作品画像や展覧会歴、文献情報などを整理・公開し、閲覧・研究のための基盤を整えます。
    • 年譜や作品リスト、関連批評・エッセイなどの資料を逐次蓄積し、中谷有逸に関する総合的なアーカイブの構築を目指します。
  • 地域文化への貢献
    • 十勝の美術・文化の発展に寄与した作家の足跡を伝え、その精神を受け継ぐ活動を支援します。
    • ワークショップやレクチャーなどを通して、子どもから大人までが「見る・つくる」楽しさに出会える機会をつくり、次世代の芸術・文化振興に貢献します。

団体概要

名称 中谷有逸記念会(Nakaya Yuitsu Memorial Association)
設立 2025年11月
代表 柳 比奈子
活動拠点 北海道帯広市
お問い合わせ 活動内容や作品に関するお問い合わせは、ウェブサイト内のお問い合わせフォームよりご連絡ください。
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